プロフィール

モモ

リンク

管理人サイト

草の庵

カピバラさん

おすすめ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

最新記事一覧

最新の記事です。感想などお気軽にどうぞ♪

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

月別アーカイブ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

源氏物語について

ついこの間、源氏物語は「干年の恋光源氏」というタイトルで映画化されました。そのきらびやかな衣装に目を奪われたものです。この映画では、紫式部が物語の語り手となって登場していましたが、実際の『源氏物語』はどうだったのでしょう?

実は、『源氏物語』には語り手なるものが存在します。物語のあちらこちらに登場し、自分の意見を述べているのです。だとすれば、それはイコール紫式部なのかというと、実はそうではないのです。

まず、光源氏を主人公としたお話を、この語り手が見聞きした(実際に見たか、聞いたかした)という設定で、紫式部が書いているのが『源氏物語』なのです。語り手は、あくまで紫式部が作り出したもので、彼女自身が物語にたいしてあれこれ言っているわけではありません。こういった、語り手が自分の意見を述べている部分を指して、『草子地」といいます。

『源氏物語』には、この語り手が登場することによって、今までの文学作品と画期的に違った部分があります。それは、話を途中で切ってしまう、終えてしまうということです。それはどういうことかといいますと、光源氏と頭中将が青海波を舞ったときなど、この語り手が物語を話しているという設定ですから、 「このほかにもおもしろい舞などはありましたが、あまりにもこの舞が素晴らしかったので忘れてしまいました」とか「よく覚えておりません」などといって、話を短くまとめあげてしまうのです。

今までの文学作品といいますのは、とにかくなんでもかんでも書く、すべて書くというのがあたりまえでしたから、読者は飽きてくるんですね。 (もし、青海波と同じような説明が、この後、20も30も挙げられたらどうでしょう?読むのも嫌になってしまいますよね。それに、最初の舞が素晴らしいということも強調できなくなってしまいます。)

紫式部は考えたのでしょうね。どうすれば、すっきりと物語をまとめあげる事ができるのか・・・。結果、語り手を登場させることによって、たいへん読みやすい作品となったわけです。

<< かがやく日の宮(藤壼)について | ホーム | 兄弟姉妹について >>


コメント

はじめまして。源氏物語の語りの構造について興味がありましたので拝見させて頂きました。
語りが取捨選択して、印象的な場面を効果的に描き出していることは同感なのですが、青海波の箇所の御説明は本文のどこにあるのかわかりませんでした。紅葉賀巻冒頭には確認できませんでしたが、他にも青海波を舞う場面があったのでしょうか?御教示いただけましたら幸いです。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。