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兼家さまへ

蜻蛉日記の中に、蜻蛉日記作者が夫兼家に書いて宛てた長歌が載っています。私が初めてこれを見たときは驚きで声も出ないほどでした。内容もさることながら、上手いのです。(文字使いや手運びが。)

さすがに兼家もこれを貰ってしまっては、少しは蜻蛉日記作者のことを思いなおす切欠になったのではないかと思います。・・・で、実際手紙を送ったのではなくて、兼家が久々に家に寄ったときにさりげな~く見つけさせるという手法。笑

今やったらかなり嫌な女というイメージかもしれませんけど、当時としては直接言うのも癪というかはしたないというか、そういう雰囲気があったかもしれないですね。ちなみに道綱君も登場。かなり可愛らしい事になっております。

あ。そうそう。兼家さんも一応長歌でお返事をしております…んが、やはり蜻蛉日記作者が数段上手いです。もし興味がありましたら、一度蜻蛉日記を読んでみてください。兼家の強引さ、モモは意外に好感が持てました。これはおそらく作者が兼家をなんだかんだ言いつつ好きだったからなのだと思います。

今日は、蜻蛉日記作者の長歌を載せます。原文とモモ語訳(日本古典文学全集をかなり参照。笑)を付けておきます。兼家さん一家に興味を持っていただければと思います。(しつこいですが、モモはこの夫婦意外に好きなのですよ。苦笑)


思へただ むかしもいまも わが心 のどけからでや 果てぬべき 見そめし秋は 言の葉の 薄き色にや うつろふと 嘆きのしたに 嘆きかれき 冬は雲居に 別れゆく 人を惜しむと 初時雨 曇りもあへず 降りそほち 心細くは ありしかど 君には霜の 忘るなと 言ひおきつとか 聞きしかば さりともと思ふ ほどもなく とみにはるけき わたりにて 白雲ばかり ありしかば 心空にて 経しほどに 霧もたなびき 絶えにけり また古里に 雁の 帰るつらにやと 思ひつつ 経(ふ)れどかひなし かくしつつ わが身空しき 蝉の羽の いましも人の 薄からず 涙の川の はやくより かくあさましき うらゆゑに ながるることも 絶えねども いかなる罪か ゆきもはなれず かくてのみ 人のうき瀬に ただよひて つらき心は みづの泡の 消えば消えなむと 思へども 悲しきことは みちのくの 躑躅の岡の くまつづら くるほどをだに 待たでやは 宿世(すくせ)絶ゆべき 阿武隈(あぶくま)の あひ見てだにと 思ひつつ 嘆く涙の 衣手に かからぬ世にも 経(ふ)べき身を なぞやと思へど あふはかり かけはなれては しかすがに 恋しかるべき 唐衣 うちきて人の うらもなく なれし心を 思ひては うき世を去れる かひもなく 思ひ出で泣き われやせむ と思ひかく思ひ 思ふまに 山と積もれる しきたへの 枕の塵も 独り寝の 数にし取らば つきぬべし なにか絶えぬる たびなりと 思ふものから 風吹きて 一日(ひとひ)も見えし 天雲(あまぐも)は 帰りし時の なぐさめに いま来むといひし 言の葉を さもやとまつの みどりごの たえずまねぶも 聞くごとに 人わろげなる 涙のみ わが身をうみと たたへども みるめも寄せぬ 御津(みつ)の浦は かひもあらじと 知りながら 命あらばと 頼めこし ことばかりこそ しらなみの 立ちも寄りこば 問はまほしけれ


なにとぞ、お察しください。昔も今もわたくしの心が安らかでいるときなどないことを。わたくしはこのまま果ててしまうのでしょうか。

初めてあなたさまにお逢いした秋には、あなたからいただいた愛情深いお言葉も、すぐに色褪せてしまうのではないかと、嘆きに嘆いたものでした。冬には、遠く旅立つ父を惜しんで、初時雨のような涙の雨が、雲が持ちこたえることが出来ないほどに降りそぼち、心細くはありましたけれど、「娘をお忘れなく」と父が言い残しておいたかと聞きましたから、いくらなんでもと思っていたのもつかの間、父が遠いかなたに行ってしまったうえに、あなたまで急に疎遠になっておしまいになり、わたくしがうつろな心で時を過ごしているうちに、二人の間には霧が立ち込め、あなたからの便りも絶えてしまったのです。

けれど、あの古巣に帰るという雁のように、あなたが戻ってきてくれることもあるかもしれないと思って待ち続けてまいりましたが、そのかいもありません。こうして、わが身は蝉の脱殻のようなむなしさ、その蝉の羽にも似たあなたの薄情さは今に始まったことではありません。前々からこのようにあきれるほどに痛ましい心を抱いた身の上なので、尽きぬ涙の涙川に身をなして泣き暮らしてまいりましたが、前世にどんな罪を犯したというのでしょう。あなたとの縁から逃れることも出来ず、定めない浮世に漂って、つらい思いをするばかり。

水の泡が消えるように死ねるものなら死んでしまいたいと思うけれど、こんなに悲しい目にあって、しかも陸奥にいる父の帰京を待たずには死ぬにも死にきれない。せめて一目会ってからと思い続けていますと、嘆く涙で袖が濡れるばかり。こんなに泣き濡れる嘆きをしないでもすむ境涯に暮らすこともできるでしょうに、出家の身となってお逢いするあてどがなくなってしまったら…やはり恋しく思うこともおありでしょう。

あなたがおいでになって、うちとけ馴染みを重ねた昔の心を思い出しますと、せっかく俗世を捨てたかいもなく、追憶の涙に泣き濡れて、執着を断ち切れないかもしれません。ああも思いこうも思い、思い乱れているうちに、山のように積る枕の塵の数は大変なものですが、それも独り寝の夜数には及びもつかぬことでしょう。

どうせ、あなたとの仲は遠い旅のように隔たり、おいでくださる機会もなくなったと思っておりましたのに、あの野分ののちの一日、天雲のようによそになりゆく人と思っていたあなたが、姿をお見せになってお帰りの時、気休めに「近いうちに来るよ」と仰ったお言葉をまに受けて待っております幼子が、たえず口まねをするのを聞くたびに、みっともないことには、わが身をつらいと感じている涙が、湖のように溢れますが、こんな見る影もない私の所などにはおいでくださるはずもなく、はかない望みとは知りながらも、ただ、いつぞや「命のあるかぎりは」と、あてにおさせになったことが、真実のお心かどうか分かりませんので、お立ち寄りくださったら、お尋ねしたいと思っているのです。


さぁ。皆様も愛しいあの人に長歌を送ってみましょう!笑

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